無荒史談65-極東日本史(14)-歴史に学ぶべき事 ― 2008/04/02 19:15
世の中の事情は理屈だけでは通らない。そこには感情も入っている。このへんが「KY」というべきか。
明治維新以降の日本のリーダーはKYタイプが多かったのではないか。「先進列強」の仲間入りを目指したが、所詮欧米諸国との温度差は残ったのではないか。
「アジアの盟主」を自称したが、肝心のアジア諸民族の気持ちは読めなかったのではないか。
成功の美酒に酔って国力の判断を誤ったのではないか。とにかく背伸びし過ぎと言えるのではないか。国力を実力以上に評価していたのである。
「新勝の栄に酔いしれて、甘き夢路をくりかえし、喜び狂う時ならじ」 とは明治39年の旧制第五高等学校の寮歌である。
「現地人は皆敵に通じている」と日露戦争時のロシア軍将校は言った。ところが10年後に同じせりふを満州で日本軍将校が言っているのである。
ナイスショットはスイングだけではない。スタンスを誤れば勢いよくOBに向かうのみである。
日本の指導者達は、歴史から学ぶ道を知らなかったと言いたい。
極東日本史終わり
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