無荒史談131-日本仏教物語-民衆仏教2008/10/15 18:57

仏教は帰化人の信仰から日本に入ってきたのであるが、初期の信仰の主役は貴族階級であった。主要な僧侶の出自は貴族である。その中で行基は民衆の中にとけ込んだ行動を取り、時の政府に煙たがられた。

当時は僧侶は寺を本拠として行動するとされていたから、行基が市中に出て貧民救済や治水、架橋などの事業を行うことは禁止されていたのであるが。その行動力と実績はさすがの朝廷も無視できなかった。いろいろな禁令は出ているが民衆の支持を崩すことは出来なかったのである。

朝廷は行基が反政府活動をすることを恐れていたが、彼には全くその気がなく、後に大仏造営に協力することとなり、大僧正の位を受けている。

仏教はこのように反政府活動をすることなく、民衆にとけ込むこととなったが、僧侶になるには厳しい規制があり、一般の庶民が僧侶になる道は全く閉ざされていた。

なお、この時代に特技を持った僧侶を還俗させ、代わりに同数の僧侶を採用することがよく行われている。特技を持った僧侶は特技を生かし仏法に従事することを止めさせている。

行基開基の寺も各地にある。近畿地方のものは明確になっているものもあるが、その他についてはどのようにして開基としたのか分からない。例えば四国88カ所には4つの国分寺を初め27ヶ寺が行基開基となっている。国分寺は聖武天皇の勅願であるが、開基となるには行基の僧侶としての資格が必要だったのかも知れない。後世の「愚管抄」では国分寺は行基の建立のように記してある。