無荒史談180-征夷大将軍-源頼朝2009/03/13 19:16

頼朝は自分の権威付けには可成り神経を使っている。平治の乱後失われた源氏本流の地盤を確保するのにいろいろな手段を講じている。源平内戦の中で鎌倉を動かなかったのは東国の地盤固めと奥州藤原氏の南下を警戒することが大きな要因ではなかったのではないか。何しろ「朝敵」の立場の時代がかなりあったのである。

頼朝が征夷大将軍の称号を欲したのは、まずは彼の地盤である東国の支配者としての称号であったと思われる。彼は幕府の開設を公式に認められるために中央での官位を望んだのであり、任官後すぐに辞職しているのである。

元々は東国支配のための称号であったものを武士全体の統率者としての称号に変質させるのにはそう手間は掛からなかったのであろう。源平内戦の様子から見ると当時は東西の武士の実力差があったものと考えられる。東国を抑えれば西国は従えやすかったと思われる。彼以後の将軍は武士の総大将として征夷大将軍になっているのである。

頼朝はそれまで冷遇されてきた武士階級を朝廷に認めさせ、幕府の意味を武士政権の中核とすることに成功し、征夷大将軍を武士の統領としての位置づけをすることで武家政治を確立したのである。