無荒史談185-征夷大将軍-南朝の皇族将軍 ― 2009/03/28 19:14
大塔の宮護良親王は足利尊氏と対立し、多分そのためと思うが征夷大将軍に任命されることを父の後醍醐天皇に強要している。しかし、天皇は足利尊氏の方に味方し、親王はまもなく罷免されている。しかも罪人とされて鎌倉で投獄され、北条氏の残党蜂起の際どさくさ紛れに殺害されたのである。
護良親王の後、南朝方では皇子を征夷大将軍に任命している。勿論足利将軍と並立の形を取った。しかし、現実には勢力はほとんど無く、肝心の東国は北朝方の強固な地盤となっていく。北畠親房が一時勢力を確保しようとしたが失敗したのである。南朝の皇族将軍は鎌倉に本拠を置くことはついに出来なかった。
ちなみにこの時期征西将軍懐良親王の方は補佐した菊池一族の活躍もあって一大勢力となり、明からも認められる存在となっている。
最近のコメント