水戸学から皇国史観へ-5-明治以後 ― 2018/06/06 15:41
薩長勢力が中心となって明治維新が成立し、水戸学の思想が「皇国史観」として取り入れられた。
そして皇国史観に反するものが「不敬」という名で排斥されることとなる。反論が封じられたのだ。
この状態は敗戦まで続く。そこでようやくこの縛りが解けた。
ちなみに「天誅」という考えは完全に消えなかったようだ。明治以後に日本で起きたテロは右翼テロが圧倒的に多い。戦後も浅沼暗殺事件のようにこの傾向は終熄してはいない。
いまだに皇国史観に固執する人もいるようだ。
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