TPP-GIVE&TAKEが原則なのだ。 ― 2011/11/06 18:50
経済交渉は要するに算盤勘定なのだ。
日本が自由化で失うものと獲得するものとの計算で行うべきではないか。
アメリカが一方的に要求するのならば何時でも離脱したらよい。何も交渉継続する義理などないのだ。
米国が日本に解放するものが日本が失うものより少なければ交渉を纏める価値があるものだ。
米国が譲歩する気があるかないかがTPPの成否に繋がることくらいアメリカに言ったらどうか。
TPPと医療-地域の問題との関連は? ― 2011/11/07 18:13
医師会など医療団体はTPP反対と言っている。
ところで地方の医療は崩壊しつつあるのだ。医師不足は深刻であり、病院での診療科の休止はざらである。各地方自治体にとり医師確保は焦眉の急でもあるのだ。
仮にTPPによって医療が解放されることにより医師不足などの地方の問題が解決するようであれば、地方自治体は医療の解放を是認するのではないか。
医療解放については「賛成」「反対」の両方の立場も地域医療の問題を説明すべきではないか。
自由化とは-この考えが異なる國との交渉である ― 2011/11/08 18:43
自由化について2つの見解があることを忘れてはいけない。
一つは競争条件を同一にすることであり、その結果はそれぞれの努力によるというものだ。
もう一つは自由化したら平等な成果を得られるものだというものだ。そうならないのは自由化といわないのだ。
言うまでもなく日本は前者であり、米国は後者であるのだ。
これを今言われているTPPの米国の要求といわれるものに当てはめてみよう。
いくつかのものは米国企業が参入できないというものだ。しかし、そこに「国籍条項」などないのだ。
日本が戦後外国へ市場を求めて努力した時は、国籍条項がない限りあらゆる非関税障壁を乗り越える苦労をして今日の経済力を付けたのだ。
これから見ると米国企業は十分な努力をせずに「自由化してないから」とわめいているのだ。要するに自分に有利なように条件を訂正してくれと言っているのだ。
仮に立場を変えてみた時、日本人ならばいろいろな障壁を突破していると思われる。
つまり米国は結果を求めているのだ。それは「自由化」とは次元の違う話である。
日本当局は米国に自由化とは結果でなくプロセスであることを主張すべきである。
今米国が規制緩和を求めているものは日本人の目から見ると「自由化済み」とも言えるものではないか。
システムと自由化-良いシステムの破壊は自由化の本質に反する ― 2011/11/09 18:48
そもそも自由化とは各国国民の利益になるものでなければならない。
ところが米国の対日要求に関するものの中にはこれに反するものがあるようにみられる。
手っ取り早く言えば、日本国民の利害を無視して米国企業の利益を優先しようとするものだ。
こんな要求は受け入れてはならない。これに米国が固執するならば交渉は即座に打ち切るべきである。
日本のほうが優れていると考えられているシステム-例えば国民健康皆保険-に米国企業が割り込むためにシステムを変えるというのは日本国民のためにならない。米国の劣ったシステムを日本に押しつけてまで米国企業の進出を図るのであれば交渉などできっこないのである。
日本の優れたシステムを一米国企業のために変えろと言うのは「自由化」の本来の意義に反したものなのである。
TPP推進派の方々は米国の不当な要求は拒否するという姿勢を明確にして欲しい。
TPP-交渉の成否は米国がどれだけの見返りを提供するかではないか ― 2011/11/10 18:45
首相のTPP参加表明は先送りされた。それだけ各方面の異議が強かったのである。
今の所交渉参加した場合の継続の条件は米国の態度にあるといわざるを得ない。
米国は多くの要求を考えているようだ。それも日本に多大の負担を強いるもののようだ。
それだけ要求するのであれば、その見返りもそれなりのものを準備するのが理の当然である。勿論見返りが不足すれば交渉はそれまでであるべきだ。
無荒老は思う。それなりの見返りがあれば米国の要求に同意しても良いのではないか。多分それだけのものを提供することは米国議会が納得しないとは思うが。
要するに算盤勘定なのではないか。利益を受ける部門が不利益となる部門を納得させるだけのものが必要なのである。
仮に一部の報道にあるように、TPPが米国が日本に要求するのが最大の眼目であれば、日本はTPPを無視しなくてはならないのだ。「敵は本能寺にあり」であればそれまでのことである。
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