無荒史談127-日本仏教物語-中国南北朝時代の中国の仏教2008/10/03 19:02

日本に朝鮮半島経由で仏教が伝来したのであるが、公式伝来の前に帰化人が持ち込んで信仰していたのである。古代の日本は外国の技術に飢えており、帰化人は尊重されていたのである。また、中国や朝鮮半島でも戦乱が多く、そのために日本に逃れてきた人々もいたのである。

仏教は後漢の初め頃には信仰する人がいたことが知られているが、勢力が大きくなるのは5胡16国の戦乱の最中からである。仏教は政治の混乱の中で民衆の支持を得たのである。やがて南朝に伝来する。

当時の中国人は、仏教の思想を理解するのに苦労したようだ。道教的な解釈もしている。また、3学に通ずるといって儒教、道教、仏教の全てを研究する学者もいたのである。また、老子がインドへ行ってブッダとなったという説も飛び出すほどであった。

たしかに老子の「道1を生じ、1は2を生じ、2は3を生じ、3は万物を生ず」と般若心経の「5うん皆空(全ては空である)」とは相通ずるところがある。この為か知らぬが、仏典の中には道教的に解釈されてキライがあるものがある。

もう一つ中国人が迷った問題がある。「如是我聞」という言葉である。西域の学者達は、仏教の理論を組み立てるのに、自分の説の前に「私はお釈迦様がこのようにおっしゃったのを聞いた」という意味のことを書いて勝手に権威付けたのである。この由来を知らなかった為に、中国はもちろんのこと日本の僧侶も混乱する羽目に陥ったのである。中国ではこれに倣って「偽経」という中国産のお経も出てきている。日本人はそれにも気付いていない。全てがお釈迦様の意見として捉えているフシもあるのである。

このことを前提としてみないと理解に苦しむことが出てくる。